ROUTE45

“Life is Once”  国道45号線から送る言葉の探求・黙示録 -Ver.2016- blogram投票ボタン

April 2011

震災日記(仮)50日目 “Tシャツ購入”

昨日で震災から49日となり、各地では四十九日法要や合同法要などが行われた。

改めて、今回の震災で被災した方々にお見舞いと亡くなった方々に心よりご冥福をお祈りしたい。


話は変わる。

twitterで写真に掲載したバックプリントのTシャツが販売されていたので、販売元へ連絡を取り、購入した。

本来のサイズが在庫切れだったので、若干大きめのサイズを購入。


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2011.04.29 アパートにて


バックプリントのフレーズが気に入ったのが、購入理由。

ホワイト以外にもネイビーも購入したので、夏に向けて、着込んでいきたい。


さて、三度話は変わる。

ベガルタ仙台、楽天イーグルスは本拠地・仙台で開幕を迎えた。

結果は両チーム共に勝利を収め、被災地に明るい話題を提供してくれた。

暗い話題が多いが、今後も今日の様に明るい話題が増えていく事を願いたい。


P.S. タイトルを「避難所生活」から「震災(仮)」へ変更したが、仮タイトルなので、ご了承して頂きたい。

避難所生活(?)48日目 “セキュリテ被災地応援ファンド”

【LINK】
/セキュリテ
セキュリテ被災地応援ファンド | 「セキュリテ」人をつなぎ、未来をつくる 新しい資本市場 大切なものを守るという投資

/YOMIURI ONLINE(読売新聞)
被災企業応援ファンド設立(2011年4月25日 読売新聞)


東日本大震災で被災した気仙沼市や南三陸町、陸前高田市の中小企業を寄付金と出資金の両面で支援するファンド(基金)が25日に設立した。

第1次資金提供先として、
  • 丸光食品株式会社(気仙沼市)

  • 株式会社八木澤商店(陸前高田市)

  • 株式会社斉吉商店(気仙沼市)

  • 株式会社石渡商店(気仙沼市)

  • 株式会社オノデラコーポレーション(気仙沼市)

  • 株式会社ヤマウチ(南三陸町)

の6社に決定し、同日から全国の個人に向け資金を募る。

今後も同様に資金提供を希望する企業の応募する。

どんな形であれ、企業再建・復興へ道を歩き始めた。

今回の震災により、雇用問題や資金繰りなど様々な問題が噴出している状況下で、再建を目指す地元企業は心強い。

また、今回の様な出資を受けずに再建を目指す企業もある。

そんな心意気を自分も見習っていきたい。


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2011.04.21 気仙沼市反松公園

避難所生活(?)45日目 “避難所→アパート(第2拠点)へ”

3月11日の震災から44日目の4月23日、避難所から退所した。

短い様で、長い様な避難所生活だった。

避難所では職員やボランティアの方々に、色々と助けられた。

また、地区は違えど同じ避難者の方々と様々な交流もあった。

特に、避難所では子供たちとの交流が多かった。

今回の様な生活は2度味わえないかもしれないが、一つの貴重な経験となった。


今後は「アパートから一戸建てへ」が目標となる。

中古住宅購入も選択肢に入れ、新築や土地購入など色々な可能性を模索しつつ、情報は手に入れていきたい。

先行きは不透明であり、道程は険しい。

でも、次のゴールは決まっているので、それに向かっていきたい。


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2011.04.21 友人宅にて


P.S. タイトル変更を検討中。今後は気仙沼に限らず、その他の被災地の状況を掲載していきたいが、どうなるかは現在未定。

避難所生活43日目 “over the phone Namba”

【参照記事】
/ROUTE45
March 25, 201107:35 避難所生活15日目
March 30, 201120:54 避難所生活20日目


事の始まりは被災して“15日目”のコメントからだった。

●難波の広報をしております
March 28, 2011 20:56
この度の震災、心よりお見舞い申し上げます。
YAMA様にお伝えしたいことがございます。もしよろしければ難波の広報nanba_hiroaki_yokohamafc@yahoo.co.jpまでご連絡いただけたら幸いです。
ご連絡心よりお待ちしております。よろしくお願いいたします。


最初は半信半疑だった。

言っては失礼だが、「騙されたら、騙されたで...」と思い、一応念には念を入れ、Gmailでコンタクトを取る事に。

こちらの手違いで途中から携帯のE-mailで対応する事となったが、すんなりと話は進み、
「ご連絡ありがとうございます。
もしよろしければ明日の練習後(12時過ぎ以降になると思いますが)
難波よりお電話させますがいかがでしょうか?
個人情報の心配があるかと思いますが
もしよろしければご連絡先をお願いいたします。」

と3月29日にメール。

携帯の番号を教える事に関しては抵抗はあったが、「なる様になる」と思い、携帯の番号を載せたメールを返信。

その後、もう1通のメールをやり取りした翌日30日12:30。
「こんにちは。
まもなくお電話できると思います。
もうしばらくお待ちください。」


そして、瞬間は訪れた。

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2011.03.30

話した内容は、気仙沼市内と避難所の現状。そして、難波選手のケガからの復帰と今後の活躍を期待など。

今、改めて思うと自分が緊張して、一方的に話した様にしか思えない。会話が成り立っていたのかと不安も。

独りよがりかもしれないが、自分が2週間経過したあの状況下で言いたい事は言ったと思う。

そして、電話の最後には難波選手と広報様からエールを貰い、少し泣きそうになった。

「ありがとうございます。」

久々に、心の底から出た感謝の言葉だと思う。


後日、難波選手が“結戦フラッグ”を送ってくれた。

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2011.04.14 結戦フラッグ(横浜FC全選手のサイン入り)

今は感謝の言葉しか言えない。

「ありがとうございます。」

改めてだが、この様な機会を頂けた事に難波選手、広報様にはブログ上だがお礼と感謝を申し上げたい。


そして、声を高らかに言いたい。

「一生、横浜FCします。」

と。


P.S. 乱筆・乱文付き、読みにくい点に関してはご了承をお願い申し上げます。

避難所生活41日目

避難所生活は終わりが近づいている。

退所後、当面の生活拠点となるアパートの手続きや掃除も完了間近。

部屋の扉など一部補修もしなければならないが、それは入居しながらでも対応出来るので問題は無いだろう。

今後の先行きに不安はあるが、まずは一歩踏み出していかないと。

「避難所生活」

始まりがあり、終わりがあるが、これだけは機会を許される限り、タイトルを変更しても続けていこうと思う。

その為にも、新ブログの立ち上げも視野に入れつつ、考えていきたい。

これから遣らなければならない事は多数あり、山積み。

一つ、一つ乗り越えていこう。


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2011.04.14 南三陸町志津川

避難所生活38日目

第2拠点となるアパートの掃除を昨日から開始。

住むまでに色々と問題はあるが、何とかなるかな。

そして、そちらに移る準備をしていると更なる物件の情報が...。

二兎は追えないが、少しでも良い条件は追い求めていきたい。

気仙沼市内では所々で桜が咲き始めた。

どんな状況になろうとも、春は来るんだと実感。

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2011.04.17 気仙沼市立松岩公民館

避難所生活36日目

昨日、震災後、初めて南三陸町へ。

本来は登米市に買い物が目的だったが、仕事の商談先があるので立ち寄る事に。

現場に行ってみたが、ニュースやTVで見るより、実際は画面以上の被害状態だった。

「震災後ではなく、まだ震災中。」

復旧や復興はまだ始まっていない。

終わりの無い復興はまだ始まったばかり。

今はニュースや新聞などで取り上げられているが、時間が経過すると忘れられてしまう。

震災中、震災後を風化させる事なく、何かしらの手段で伝えていく事も大事であり、必要である。


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2011.04.14 南三陸町志津川

避難所生活34日目

避難所での生活は人其々。

四六時中、寝ていたり。

避難者への料理や館内外の掃除、所内外のボランティア(物資や入退所及び駐車場の受付など)を率先したりと市内外、県内外から来るボランティアと調整しながらやっている。

自分は被災当初、所内外のボランティアや部屋の世話役などをしていた。

4月に入り、本業の仕事が再開すると休み以外は避難所の外へ出歩く事が多くなってきた。


次なる移動先が決まっている事もあり、避難所を退所の日も近い。

その際は、部屋の掃除などを優先させる事が多くなるだろう。

まずは一歩。

地道に、着実に前へ進んでいきたい。



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2011.03.25 気仙沼市川口町

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2011.03.25 気仙沼市内の脇

避難所生活32日目

14:46

犠牲者に捧げるサイレンが市内に鳴り響く。

あの日から1ヶ月が経過。

街はしっかりと再生の道を歩み始めている。

気仙沼魚市場は関係者が一丸となって、6月1日からの市場再始動と水揚げ復活の為に準備を開始。

また、沿岸部に置いている漁業関係・関連企業も同じ場所に再建の道を歩み始めた。

困難な道程は続いていく。

それでも、一歩踏み出す勇気と行動には称賛と敬意を贈りたい。

そして、自分も見習っていきたい。


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2011.03.29 気仙沼市階上

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2011.03.29 気仙沼市階上

避難所生活31日目

震災から1ヶ月。

時の流れが早い様な、遅い様な。


気仙沼市内には複数の避難所がある。

避難所によっては、格差が発生する。

自分が居る避難所は三食出るが、他では二食と少なく配給されている場所もある。

また、同じ所内でも寝食している場所によっては、寒暖の差もある。

体育館など天井の高い場所と和室など天井の低い場所でも雲泥の差がある。

「早い者勝ち」と言えば、それまでだが...。

退所する方々が増えている現状を考えると、高齢者や介護者、幼児、妊婦などを優先的に部屋割りする必要も考えなければならない。

今後、応急仮設住宅やアパートなどへ移り、退所する方々が増える上で、今一度部屋割りに関しては考えていく必要がある。

また、部屋によっては独自のコミュニティが作られており、新しい入居者に対し、緩和し、受け入れていく体制も作っていかなければならない。

避難生活が長くなれば長くなる程、環境が良くなればなる程、色々な、様々な問題は出てくる。

人の考えは十人十色。

その為にも、最善且つ柔軟な対応をしていかなければならない。

1ヶ月が経過し、避難所職員やボランティアは疲弊している。また、ボランティアの協力を何時まで要請出来るのかを考えると、避難所独自の自治組織を編成する事も一つの視野にいれていかなければならない。


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2011.03.29 気仙沼市階上

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2011.03.29 気仙沼市本吉町日門
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